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いつか晴れてほしい空2

小学生のママが社会、教育、生き方について思うあれこれ。

「理性的」といわれたい?「感情的」といわれたい?

「理性的」といわれるのと「感情的」といわれるのではどちらがいい?

と聞かれたら、「理性的」といわれたい人が多いのでは。

「理性的」な方が何か高等な感じがするからだろうか。

 

だけど、現実を見回してみよう。

物事は感情的判断で動いている。

身近なところでは何を買うか決めているのは「欲しい」という感情だ。

 

歴史も感情的判断で作られている。

政治も感情的判断で動いている。

社会も感情的判断で回っている。

 

最終的に人を動かす力を持つのは感情だ。

 

だから、未来を予測することなんてできないし、逆に歴史を何度も繰り返すともいえる。

(人の感情なんて変わりやすいから読めないし、一方で太古の昔から人の感情は変わらないともいえる)

 

もちろん理性は必要ないなんてことはない。

感情しかない世界だったら、崩壊してしまうだろう。

感情の暴走を止めるのは理性だから。